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【まどマギ】理不尽な社会や世界を恨むより得意なことで勝負だ

どうも!アニメオタクのはるたぬきです!
 

先日、アマゾンプライムで「魔法少女まどか☆マギカ」っていうアニメ観たのですが、
 

はるたぬき
はるたぬき
最終回、涙がマジで止まりませんでした。

 

ここではネタバレを最小限にとどめておきましょうね(笑) 本当に泣けるから。
 

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でもって、「まどマギ」って作品は視聴者に何を伝えたかったのかな~って考えた時にね、「世界」とか「理不尽」っていう言葉が思いついたんですね。
 

「理不尽な社会や世界を目の当たりにした時、あなたはどうするか?」
 

この作品の大きなテーマはココにあるんじゃないかなって、ぼくは考えたわけです。
 

 

魔法少女という過酷な運命

 

はるたぬきが幼少の狸の頃、魔法少女もので「カードキャプターさくら」っていうアニメが放送されてたんですね。
 

主人公さくらが魔女っ子に変身して、クローカードを集める戦いを見て
 

はるたぬき
はるたぬき
魔法少女って、めっちゃ楽しそう…!

 

って子供心に思ってたんです。(笑)
 

でも、「まどマギ」では、魔法少女は希望の象徴ではなく、絶望の象徴として描かれているのが大きなポイントなんです。
 

何でも一つ、願い事が叶う

 

主人公・鹿目まどかは、ひょんなことから不思議な生き物、キュウべえと出会います。
 

キュウべえは、「自分と契約して魔法少女になればどんな願いでも一つだけかなえる」と切り出してきます。
 

金でも名声でも、どんな願いも聞き届けられるという、まさに夢のような契約。
 

まどかも、初めは魔法少女になることに前向きでした。
 

しかし、魔法少女になった者の悲惨な運命を目の当たりにして、考えが変わっていきます。
 

希望から絶望への転落

 

契約とは、願いを一つかなえてもらう代わりに、魔法少女としてこの世界に不幸をまき散らす「魔女」という存在と戦うこと。
 

しかし、その戦いは常に命がけで、誰にも認められることもない、救いのない戦いでした。
 

ある者は、まどかの目の前で魔女にかみ殺され、
 

ある者は、自分や世界への絶望の果てに異形と化し、
 

ある者は、大切な友人を救うべく自らを犠牲にして果てる。
 

「絶望」への片道切符と言うべき魔法少女の契約。
 

次々に倒れていく魔法少女たちを前に、まどかは何を考え、何を願うのか。
 

その結末はぜひ、本編で見届けてください!
 

理不尽な社会、かわいそうな自分

 

魔法少女の華々しい活躍ぶりが描かれる序盤に対して、段々と魔法少女の過酷な運命が明らかになる中盤以降。
 

願いをかなえ、希望をつかんだはずの魔法少女たちは、やがて絶望的な運命をたどることになります。
 

ぼくは、この「逃れられない絶望的な運命」とは、社会にはびこる許しがたい「理不尽」の比喩ではないかと考えました。
 

周囲が私を認めてくれない

 

ぼくがラクロス部の現役だったころ、M君という後輩がいたんですね。
 

M君は人一倍練習熱心で、ひとりで自主練に黙々と励む、素晴らしい選手でした。
 

実際、ラクロスの技術も同期の中では頭一つ抜けていて、将来が期待されていました。
 

しかし、初めてのAB分けでMがAチームには選ばれることはありませんでした。
 

M君は、練習で先輩に指摘を受けても「自分が正しい」と言い張って、何一つ聞き入れようとしなかったからです。
 

協調性のない選手は、チームスポーツにおいて信頼されないというのがチームの方針でした。
 

M君は、上級生がいないところで「自分は正しいはずなのになんでAチームになれないんだ!」と文句を言っているのをこっそり聞きました。
 

理不尽だ、と叫ぶのは簡単

 

どんなに全力を尽くしても、どうしても乗り越えられない不平等に出会うことがあります。
 

あいつは楽してお金を稼いでいるのに、苦労して1日中働いている自分の方が稼ぎが少ないとか。
 

受験で第一志望に落ちて、第二志望以下の学校で「自分はあの学校に行けたはずなのに」と言ったり。
 

残念ながら、この社会、そして世界は理不尽に満ち溢れています。
 

自分が思った通りにすべて事が運ぶと思ったら、そんなことは決してありませんよね。

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理不尽なことを「こんなのおかしい!」と叫ぶことは誰にでもできます。
 

でも、本当に成功する人は、理不尽に出会ったら喜んで理不尽と戦うものです。
 

「暗殺教室」は理不尽と戦うための教科書

 

週刊少年ジャンプで連載していた名作「暗殺教室」の終盤に、「喜んで理不尽と戦おう」という言葉が出てきます。
 

作中では、理不尽な事態に殺せんせー率いる三年E組が奇想天外な方法で立ち向かう姿が描かれています。
 

元々学校の落ちこぼれだった三年E組の生徒たちは、殺せんせーのおかげで自らの才能を開花させていきます。
 

そして、自分の才能が最も生きる戦術で、理不尽な出来事を打破しようとするんですね。
 

ぼくは、「暗殺教室」と「まどマギ」の根本には大きな共通点があると考えました。
 

すなわち、「理不尽な出来事に立ち向かう術」とは何か、ということなのです。

社会を拒絶してはいけない

 

理不尽な社会と戦う、ということは社会を否定することとは違います。
 

はるたぬき
はるたぬき
 理不尽な出来事は、そんなこともあるよねって受け流せばいいんだよ。

理不尽な目に会っても、とりあえずその場をやり過ごすこと。なぜならば、自分が戦うべき戦場はそこではないからなんです。
 

自分が幸せになることを否定するな

 

もし、理不尽な目に会って社会から抜け出したいと思っても、それは時間の無駄です。
 

なぜならば、社会を否定することは自分の幸せ、ひいては自分という存在を否定することだからです。
 

そもそも、人間が完全に一人だけで生活していくのって不可能ですよね(笑)
 

食べ物も住むところも電気もガスも水も、誰かの仕事があってこそ生活できるわけですから。
 

人は、社会なしには生きては行けないんですね。
 

M君は自分を変えた

 

ここで、先ほどのM君の話に戻ります。
 

Aチームに選ばれなかったM君は、それまでと考え方を改めました。
 

上級生や同期からの指摘を、まず聞くようになりました。もちろん、納得がいかなければとことん説明を求めてきました。
 

自分で考えたこと、疑問に思ったことを率直に上級生と会話するようになり、彼はチームの一員として信頼を深めていきました。
 

かくして、彼は練習試合の出場機会が増えて、リーグ戦でも期待以上の大暴れする選手に成長したのです!
 

彼の成功のポイントは、他人が変わるのを期待するのでなく、自分の考え方を変えたところにあるのではないか、とぼくは考えます。
 

理不尽な社会を生き抜くために

 

魔法少女たちに待ち受ける破滅の運命のように、自分ではどうしようもない理不尽な社会。
 

理不尽な人間関係、理不尽な社会制度を目の当たりにした時、やっぱり憤るし文句を言いたくなりますよね。
 

でも、M君の例のように、理不尽と喜んで戦う方法ってないようで実は案外あるものなのだと思うんです。
 

今の自分には何ができるか

 

性格のいい人ほど、理不尽な目に会った時に動揺してしまい、不安になってしまいがちです。
 

そして、無意識のうちに行動の選択肢を消してしまい、「この理不尽に耐えていくしかない」と思い込むことが多いんですよね。
 

そんなときに考えたいことが、「今の自分には何ができるのか」なんです。
 

相手が理不尽であっても、相手の考え方を変えようとしたり相手と同じ土俵に立つのではない。
 

相手とは違う考え方、違う戦略で勝負すればいい。
 

他人よりも直球が遅いなら、変化球で勝負すればいい。
 

理不尽な扱いを受けている職場なら、転職に備えて資格の勉強を始めてもいい。
 

一人では敵わないなら、仲間を作って立ち向かってもいい。
 

ほらね。一回立ち止まって深呼吸してみれば、生きるための戦略って無限にあると思いませんか?
 

自分の得意な形で社会を生き抜く

 

人に適切な指示を出すのが上手い人や、人と信頼関係を築くのが上手い人。
 

絵を描くのが得意な人、文章を書くのが得意な人。
 

人と話すのが好きな人や、自分だけの世界観を持っている人。
 

挙げればきりがないけど、とにかくだれもが好きなこと、得意なことってあると思うんです。
 

自分の好き、得意をいかに活用して、目の前の人の役に立つことができるか。
 

もしそんなことができたら、相手もハッピーだし、自分もすごく自信が持てて幸せになれると思うんです。
 

理不尽との戦い方には、好きなことや得意なことが強力な武器になるはずです。
 

はるたぬき
はるたぬき
ぜひ、楽しんで理不尽な世界と戦っていきましょう!はるたぬきでした!

 

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ABOUT ME
はるたぬき
大学でラクロスを始め、京大大学院に進学を決めたたぬき。「面白きことは良きことなり」を合言葉に、今日も卒業研究に熱中している。

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