大学院・大学

かつて鬼怒川の堤防が決壊した場所に行ってみた


はるたぬきです。皆さんは鬼怒川で洪水が起きたことを覚えていらっしゃるでしょうか?

 

2015年9月。前日からの記録的な豪雨により、茨城県常総市を流れる鬼怒川が決壊。広範囲に渡る浸水により、周辺地域に甚大な被害が発生しました。

 

その時TVで報道された被害の様子を、僕は今でも覚えています。辺り一面の泥水に、点々と浮かぶ屋根。以下に昔から技術が発達しようとも、自然の前に人間は無力なんだ、ということを思い知らされたようでした。

 

以来、より正確な気象情報や災害情報を提供する仕事がしたいと思い、僕は気象学などの勉強を続けてきました。

 

あれから2年半余りが経ちました。先日、僕はかつて洪水が起きた彼の地に行ってみようと思いました。

 

なぜなら、災害発生直後の様子はTVなどで現地の様子を確認できたのに、それから復興が進むにつれてそういった報道が少なくなってしまうからです。

 

また、報道に頼らず、TVではなく自分の目で現場を見ようと考えたからです。

 

 

決壊した場所は、TX守谷駅から関東鉄道常総線に乗り換え30分ほどの南石下駅の近く。

 

この常総線自体も浸水被害で、全面的に復旧が完了するのに2ヶ月を要したようです。

 

南石下駅が無人駅であるのを始め、田んぼや畑が広がる、ゆったりした雰囲気の街でした。

 

そんな中で目立つのは、新築と見られる住宅が結構多いこと。浸水被害で家の建て直しを余儀なくされたのだと思われます。

 

また、新築でない建物でも、2階のところに薄く泥汚れがある建物もありました。ここまで水に浸かっていたのかと思うとゾッとしました。

 

駅から10分ほど歩くと、鬼怒川河川敷に着きました。災害直後の緊急工事、及び本工事によってとてもきれいな堤防がありました。

 

 

現在も作業中とのことで、養生中の堤防の芝には立ち入り禁止の柵が設けてありました。

 

堤防の上のきれいに舗装された道を歩いていると、聞こえてくるのは鳥のさえずりや、近くの工場の就業ベル。

 

かつて猛威を振るったとは思えないほどに、春の陽気の中で鬼怒川は穏やかに流れていました。

 

堤防を歩いていると、浸水で被害にあってそのまま放置されたと思われる建物もありました。窓枠が潰れ、屋根もボロボロになっていました。

 

このように、2年前に洪水が起きたこの地域では新しく家が建ったり堤防が整備されたりとインフラ面での復旧はかなり進んでいるようでした。

 

ただ、洪水の爪痕は完全には消えておらず、時折その姿が垣間見えるようでした。

 

でも、これであの災害が終わったとは思えません。

 

実際に被災された方たちは、突然洪水が押し寄せたあの日の恐怖を忘れたくても忘れられない。そして、その経験と一生向き合っていかなければならない。

 

また、現地で時々目にした農作放棄地や更地。被害を受けて復旧するのではなく、住んでいた地を仕方なく離れるという方もいらっしゃったのではないでしょうか。

 

災害でたくさんの命が奪われること。そして、災害の恐怖や財産を失ったことによる困難。

 

そういったものを、被災していない人間が知る側面は限定的だし、TVで惨状を目にしてもすぐに風化してしまう。

 

このままでは、災害の経験が活かされず、また同じ災害にあってしまうのではないでしょうか。

 

近年の異常な豪雨や干ばつの増加傾向は地球温暖化により引き起こされているという説が有力です。

 

しかも、このまま温暖化が進行すればスコールの様な豪雨が日本全国を襲う回数が増える、という予測もあります。
この予測が正しければ、日本のどこでも豪雨災害が発生する危険性が高まることになりそうです。

 

だからといって、どんなに科学技術が進歩しても、気象予報ができる範囲には限りがあり、災害を100%予測することはほぼ不可能でしょう。

 

それでも、今までの災害の経験や科学の進歩で、防災や減災の手立てを実行することはできるはずです。

 

具体的には、産業の構造の中に有効な防災システムを組み込んでいくことです。例えば、災害保険の制度、建物の耐震化工事などです。

 

大学院での研究を通して、社会全体でこうした防災や減災に取り組む様な構造を作る手法を探っていこうと思います。

 

以上、はるたんでした。
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ABOUT ME
はるたぬき
大学でラクロスを始め、京大大学院に進学を決めたたぬき。「面白きことは良きことなり」を合言葉に、今日も卒業研究に熱中している。

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